今週の一枚 カニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』

今週の一枚 カニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』

カニエ・ウェスト
『ザ・ライフ・オブ・パブロ』

リリースをめぐるさまざまな騒動を経てついに日本でもアップル・ミュージックのストリーミングで視聴可能となったカニエ・ウェストの問題の新作『ザ・ライフ・オブ・パブロ』。カニエのオフィシャル・サイトからも20ドルでダウンロード可能となり、ようやく日本でも普通にこの作品を鑑賞することができるようになったわけだが、いざこの作品と向き合ってみるとあまりの圧倒的な内容に感動せざるをえなかった。

そもそもこの作品は2014年からリリースが近いと取り沙汰され続けてきて、アルバム・タイトルもその後なんども変更を重ねてきていた。それが2月に突如タイダルでのストリーミングの開始と、通常のダウンロードやCDでのリリースが行われないことが発表され、しかも作品そのものへの修正が加えられていることや、さらにファッション・ブランドの赤字で膨大な負債を抱えていることも自ら明らかにし、カニエもついに迷走を始めてしまったのかと心配にならざるをえなくなった。

もともとカニエ自身、このアルバムについてはかねてより音楽的な作品になると予告していて、その後、ヒップホップであるけれどもゴスペル的でもあるとも触れていた。そして、昨年中にリリースされた"All Day"や"Only One"などのシングル(結局、いずれもアルバムには未収録)は、そのゴスペル的な内容がこのアルバムの内実を占うものであるかのように思えていたのだが、実際に蓋を開けてみるとこのアルバムは、音楽的とかゴスペル的というのではまったくいい足りない、カニエが何度目かにして世に届けるトータル・アルバムといっていい圧倒的な内容になっている。いってみれば、『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』同様、現時点でのカニエの思考と閃きのすべてが総動員されたとてつもない内容となっているのだ。

たとえば、冒頭の"Ultralight Beam"などはすさまじく深いゴスペル・フィーリングをかもすトラックとなっていて、今作を「ゴスペル的」と形容するなら、それはまさにこのトラックのためにとしかいいようがなく、それはたとえば"Only One"で聴かせたようなどこかよそよそしいゴスペル感とはまるで違うものだ。つまり、"Only One"がゴスペルへのオマージュにしかなりえなかったのに対して、この"Ultralight Beam"では自分たちは今神の光線を浴びせられ神の夢を見させられているとカニエが連呼するところにゴスペルとしての必然が生まれているわけで、しかも、使徒パウロが受けた神の啓示さながらのこの目も眩むという経験を「ウルトラ光線ビーム」というSFヒーロー・キャラとしかいいようのない名称で言い表し、それでいてこの深いゴスペル感を同時に生み出しているところも、相変わらずのカニエの力業なのだ。

ではなぜカニエはゴスペルに向かったのかというと、たとえば、"Ultralight Beam"の歌詞の中ではパリでの同時多発テロにもいい及んでいて、今そうした契機が必要だとも訴えているが、しかし、基本的に今度のアルバムでは父親になったカニエがさまざまなものごとについてあらためて考え、吟味し直しているというアプローチが頻出していて、ゴスペルもまた今回見直してみたもののひとつなのだ。

その一方で不遜とも呼べる自信のひけらかしは健在で、特にテイラー・スウィフトは自分が有名にしてやったようなものだとうそぶいていることで物議もかもしている"Famous"などはカニエ節を存分に披露しながら、名声を女子に見立ててそのキャラクターをリアーナに演じさせニーナ・シモンの"Do What You Gotta Do"を歌わせ、後半に80年代ダンスホールのシスター・ナンシーの"Bam Bam"のサンプリングで一気に盛り上げるという、あまりの天才的なセンスにカニエの才気がまったく衰えを知らないことに驚かされてしまう。

楽曲にはこのほかにもカニエ特有のアッパー系アンセム"Highlights"、ザ・ウィークエンドとの共演曲でとつとつとパートナーとの関係性を綴る"FML"など聴きどころは多いがとりわけ自分と家族と社会の関係性をみつめ直す"Wolves"がかもす絶望感と戦慄はとても怖い。

あるいは"30 Hours"のようにかつての交際相手を振り返る楽曲が不思議と『808s & ハートブレイク』を思わせる情感をたたえているのもとても印象的だった。

いずれにしても迷走かという心配がまったくの杞憂だったことを見事すぎるほどにわからせてくれる作品となった。(高見展)
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