今週の一枚 イギー・ポップ『ポスト・ポップ・ディプレッション』

今週の一枚 イギー・ポップ『ポスト・ポップ・ディプレッション』

イギー・ポップ
『ポスト・ポップ・ディプレッション』
2016年3月18日(金)発売

イギーの二の腕って固いなあ、と思ったのは、調べてみたらもう12年も前の来日時の話だ。「……俺は、これが最後のアルバムだという気がしているんだ。全力を捧げて作ったし、俺のすべてを注ぎ込んだ」。ロッキング・オン最新4月号に掲載されたインタヴュー記事の、イギー・ポップ発言から抽出されたヘッドラインである(インタヴュアーは中村明美氏)。これだけ読むと少々ショッキングなところもあるが、実際にアルバムの音に触れてみると、発言の後半部分が俄然輝いて見える。真にヴァイタリティと創造性に満ち溢れたロック・アルバムだ。

ジョシュ・ホーミ(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)をパートナーに、ディーン・フェルティータ(QOTSA/ザ・デッド・ウェザー)、マット・ヘルダース(アークティック・モンキーズ)という、イギーからすれば遥かに若手の、それも最新のロックンロール・サウンドの担い手たちと作り上げた『ポスト・ポップ・ディプレッション』。ひたすらにシャープでヒリヒリとしたサウンドに染め抜かれ、イギーのグラマラスなテナー/バリトン・ヴォイスが溢れ出てくる。オープニング曲“Break Into Your Heart”の力強く背徳的な響きは、リスナーを濃厚なロック体験へと誘い込むようだ。

デヴィッド・ボウイとの創造性に満ち溢れたベルリン時代を回想(“German Days”という曲もある)しつつ、ロック/ポップ・カルチャーと彼自身の衰退を重ね合わせてゆくような、美しくも暗澹としたトーン。何よりも、ザ・ストゥージズのアシュトン兄弟やスティーヴ・マッケイといった若き日々からの盟友たちを立て続けに失った今日とあっては、キャリアと人生の斜陽に思いを馳せずにいられないのは当然だろう。“American Valhalla”では悲痛な叫びを上げ、何より『ポップ(・カルチャー)隆盛後の衰退』というタイトルは、若きロック・スターだったイギー・ポップの衰退でもある。

しかし、だからこそイギーは、ノスタルジーを滲ませながらも若手アーティストたちと斬新なロックを生み出し、老獪だが決して枯れてはいない渾身の歌声で歌うのだ。俺がいなくなったらロックは大丈夫なのか?と問うように。女声コーラスを絡めた“Sunday”から“Vulture”にかけての重厚なグルーヴは圧巻。そして最終曲“Paraguay”は、まさにあの、夕暮れを背景にコンバーチブル・カーに乗り込んだバンドの野郎4人のヴィジュアルを彷彿とさせるような、哀愁と男気が滲み出るロマンチックなクライマックスを描き出している。

地上から去ることを悟ったボウイの『★』と同様、いつか訪れる終焉を見据えたからこそ生み出された、しかもイギーでしかありえないシリアスな傑作。必要以上に感傷的になるのは嫌だけれど、あながちすべてが偶然とも言い切れないシンクロなのである。(小池宏和)
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