「魔法のトンネルの先」は、つまり現在地。「あの頃」生まれた宝石のような言葉たちは、振り返った過去にだけ留め置かれているものではない。魔法のトンネルを抜けてみれば、今この時代にこそ必要とされているものだったと確信する。だから、語りたくない思い出も、本当にこれでよかったんだろうかと悩んだことも、お互いが共有する出来事を後ろ向きなノスタルジーではなく、今につながる物語として語ることができる。この温かい希望に満ちた歌は、だから、小沢健二が岡崎京子のことを思った私的な思い出やメッセージでありながら、我々リスナーにとっても普遍性を感じさせる歌として強く胸を打つのだ。
岡崎京子が描いてきた物語も、小沢健二が歌ってきた歌も、リアルタイムで「あの頃」を知る者としては、今再びそれに触れた時、そこにノスタルジーが宿ることを否定できない。でも、あれほど心が苦しかった『リバーズ・エッジ』も、ただハッピーに口ずさんでいた“ラブリー”も、2018年の今の自分にはまったく別の、もっと深く人間や生活を考える作品として、ページを開くたび、歌が耳に流れこんでくるたび、違った景色を見せてくる。読者やリスナーの中で何度も解釈が更新されていくのなら、それはどんなに時を経ても、いつも「今」を映す「新しい作品」であり続けることが可能なのだと思う。だから小沢健二は番組で「岡崎京子さんは今もすごい人です」と言ったのだ。
フィジカル作品としての『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』のアートワークは、今回も彼らしい素敵な複雑さを見せる。サイズ感は違えど、縦長のCDジャケットは、「あの頃」を彷彿とさせる、というのは考えすぎか。でも現在の小沢健二なら、そのノスタルジーを否定しないでいてくれる気がする。それが今へと確かに続くノスタルジーなら。“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”には、映画主演の二階堂ふみと吉沢亮がVoiceで参加している。その言葉の中に、「珉亭」や「シェルター」といった、下北沢で「あの頃」はもちろん、今も愛される場所の名前が出てくる。ノスタルジーと現在が交わって「永遠」という同じ景色を見る。“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”はそんな「友情」の歌。(杉浦美恵)