曽我部恵一 @ 北沢タウンホール

本当にもう、世界で一番、優しい時間が流れた2時間だった。曽我部恵一の歌も、ギターも、ピアノも、そして笑顔も、会場に漂う静かな緊張感すら、すべてが愛おしいと思えるひと時だった。

曽我部恵一にとって久しぶりのソロコンサート。北沢タウンホールのステージには、マイクと椅子、そして一本のアコースティック・ギターが置かれている。その奥にはグランドピアノも見える。ステージの真ん中だけがライトで照らされた、実にシンプルな演出だ。そんなステージに、別のアコギを抱え、ふらっとステージに登場した曽我部恵一。白いシャツにジーンズという、普段どおりのラフないでたちだ。曽我部が歩く音すら聞こえるほど、物音ひとつしない会場は、とても静かな緊張感と興奮に満ちあふれている。

曽我部は椅子に腰掛けて、おもむろにギターを弾き始める。1曲目は“もしも”。10年前、曽我部がリリースした2ndアルバム『瞬間と永遠』収録のナンバーだ。しっとりと優しく歌い上げていく曽我部のヴォーカルが、会場に静かな興奮を届けていく。本当に、本当に優しい歌声だ。

続けざまに“STRAWBERRY”を演奏し、一転して激しくギターをかき鳴らし、迫力ある歌声を響かせる。早口でまくし立てた“ポエジー”は、曽我部恵一BANDのナンバーだ。足でリズムを入れながら、豪快に歌い上げていく。跳ねるようなギターで演奏したのは、サニーデイ・サービスの『若者たち』収録の“いつもだれかに”。ごく自然に、軽やかに、曽我部恵一の短くないキャリアの楽曲たちが、曽我部の歌とギターによって、まったく新しい表情を持って描かれていく。

「皆さん、来てくれてありがとうございます」と短いMCをはさみ、柔らかいギターのイントロからスターとしたのは、曽我部恵一のソロの第一歩を告げた“ギター”だ。会場のところどころから、控えめな、こらえ切れずに思わず出てしまったような歓声が上がった。本当はみんな大声で曲を迎えたい。でも、ステージでやさしく鳴っているものを本当に大切にしたい。だから静かに、心の中で歓声を上げている。口笛からスタートした“テレフォン・ラブ”も、曽我部恵一BANDだったら会場は大合唱のお祭り騒ぎになるが、今夜は慎ましい手拍子が添えられていた。曽我部の歌もゆっくりと優しく、眠りにつく直前の夢うつつのような“テレフォン・ラブ”だ。

優しさと寂しさの淡い色の境界線を描くような“おとなになんかならないで”、サニーデイ・サービスの曲よりも激しく切ない“江ノ島”、“あじさい”と、息をするのも忘れるぐらい濃厚で純度の高い曽我部ワールドが繰り広げられていく。『blue』収録の名曲“朝日のあたる街”で胸を締め付けるようなセンチメンタルなドラマを描くと、曽我部恵一ランデヴーバンドの“our house”では会場に思わず深いため息が漏れる。溶け出したチョコレートのように甘くメロウな時間が観客を優しく包んでいく。

“きみの愛だけがぼくの♥をこわす”、“さよなら!街の恋人たち”で激しくアコギをかき鳴らしものすごい迫力で熱唱すると、「ちょっと新しい歌を」と語り、新曲“マーシャル”と“6月の歌”を披露。さらに曽我部恵一BANDの名曲“キラキラ!”、“満員電車は走る”、“魔法のバスに乗って”を立て続け、会場に熱を届けると、ギターを起いてグラピアノの前に座り、弾き語りしたのは“べティ”だ。けして上品ではないが情熱的なピアノと曽我部の歌が重なって、これ以上ないほどメロウな時間が流れていく。

最後にアコギで“遠い光”を歌い、深くお辞儀してライヴは終了。会場からのアンコールに応えて再びステージに登場すると、演奏したのは”STARS”! 途端に満天のロマンが北沢タウンホールを熱く染め、ラストは観客の手拍子の中で大きな咆哮を見せた。曽我部がステージを去っても観客の拍手が鳴り止まず、客電が点いた中でダブルアンコールにピアノの弾き語りで“mellow mind”を演奏。会場を見回しながら〈ごきげんよう 僕といてくれてありがとう おやすみ〉と笑顔で唄ったこの曲で、曽我部恵一のソロコンサートは万感のフィナーレを迎えた。

ライヴが終わり、北沢タウンホールを後にしても、曽我部が届けてくれた音楽の余韻が、ずっと胸の中で鳴っていた。(大山貴弘)
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