ピンク・フロイド『狂気』――リリースから半世紀を経て、ロジャー・ウォーターズが再創造。その真意とは?

ピンク・フロイド『狂気』――リリースから半世紀を経て、ロジャー・ウォーターズが再創造。その真意とは? - rockin'on 2023年11月号 中面rockin'on 2023年11月号 中面

ピンク・フロイドが1973年に発表した『狂気』は、20世紀の音楽史を代表する名作だ。43分の長さをひと続きに聴かせる組曲構成は抽象と具象のバランスが絶妙で、アンビエントなBGMとしてもポップな歌曲集としても優れた訴求力がある。ブルースとクラシック音楽の美点を兼ね備えた音遣いは英国ロック全般をみても最良の一つだし、たわんで伸びかかったグルーヴがもたらす手応えには、ザ・バンドにも通ずる極上のレイドバック感覚がある。プログレッシブロックの枠を超えた支持を集め、今も影響を与え続ける傑作なのだ。

その詞作を担ったロジャー・ウォーターズが『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン・リダックス』として“再創造”をしようと決めたのは、このような動機からだという。「オリジナルは、ある意味、人類の現状に対する年長者の嘆きのように感じられる。だけど、あれを作った時はデイヴもリックもニックも僕もまだ若かったし、僕らを取り巻く世界に目をやると、メッセージが刺さっていないのは明らかなんだ。だから、80歳の男の知恵が再創造バージョンに何をもたらすのか想いを巡らせるようになったんだ」。

そうして生み出された本作は、オリジナル版とは見違えるような仕上がりになっている。歌メロはオクターブ下に移され、派手に盛り上がるアレンジはほぼ外されるなど、全体の雰囲気はきわめて淡白。しかし、そうした改変が完全に良い方向に働いていて、今のロジャーだからこそ示せる落ち着き、レナード・コーエンスコット・ウォーカーにも通ずる滋味が映えている。“再創造”の名に恥じない、稀有の深みに達した作品だ。

個人的に特に好ましく思えるのは、冒頭で述べたような音遣いやグルーヴがそのまま引き継がれていること。分裂したグループの領土争いのような側面もある作品だが、かつての同僚への敬意も確かに示され、重要な持ち味として活きている。この年齢だからこそ可能になる、後ろ向きでない気力が滲み出たロック。単なる企画ものだとスルーせずにぜひ聴いてみてほしい。 (和田信一郎)



ロジャー・ウォーターズの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

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